『ピーター.グリナウェイーの枕草子』
アーティストたちと監督のホットな関係
これまでの映画に失望し、新たな可能性を求めるピーターグリナウェイ監督が今回選んだ素材はなんとあの「枕草子」。目がくらむほど大胆な試みに満ちた視覚的な世界が展開し、頭がくらくらするほど膨大な情報量が詰まった作品だ。そして、共鳴した何人ものアーティストがその挑戦に参加している。彼らが異才グリナウェイに何を感じ、どうかわっていったか。各界で世界的な活躍をするアーティスト5人に話を聞いた。



有希屋良(ゆき.やうら)屋良有希
Yukki Yaura
監督の頭の構造は、立体的かつ視覚的に素晴らしい

文字として意味を伝えると同時に、視覚的な美をも伝える書が、この作品の重要なテーマとなる。それを担当したのが有希さんだ。彼女は監督と同じくロンドンに住み、書家、日本画家として世界的な活躍を続ける。
「監督の頭の中の構造は、立体的かつ視覚的に素晴らしいものです。書の一つの言葉の意味を立体的に分析し、納得して初めて映画上で生かしていくという、哲学的な人なのです」
監督が求めたのは紙に墨で書いていくことではない。ヒロイン渚子やその恋人の肌を、美しい書で意味深くおおう冒険への誘いだったのだ。
「皮膚にボデイペイントで書くのはとてもやりにくく、筆も中国製のものを一回ずつ使い捨てにしました」
全身に書くには、小柄な 渚子の体で3時間、相撲取りの巨体で5時間かかる。朝8時半の撮影開始に備え、早朝から仕事にかかった。せっかく仕上げても汗や脂で落ちやすく、メイクラブのシーンではやり直しのたびに修正を入れなければならなかった。その皮膚を一冊の本にする場面もあるが、ここで使われたのが羊の皮。
「羊の皮は水に漬けるとあたかも本物の人間の皮膚のような手触りになります。書はこの上にアクリル系のペイントで書いたものです」
スクリーンを見ると、有希さんの数々の苦心が報われたのがよくわかる。

ユアン.マクレガーに筆を進める有希さんと、書の下書き、有希さんの書はスピルバーグの「太陽の帝国」でも使われている。

ワダエミ
Emi Wada
監督の指示は一方的でなく五分五分の関係

映画や舞台の衣装を担当し世界を飛び回るワダさんと監督は、『プロスペローの本』からの付き合いだ。
「アイディアは監督から、それをどうもっていくかは私の仕事。例えば衣装に描くのは愛と憎の書と監督が選ぶと、私が7つの愛と百六十幾つの憎しみというように文字のバランスを詰めていきます。衣装をどう撮影するか、どう編集するかも監督です」
だが、モノクロ映像の予定だった平安時代の衣装に、ワダさんは清少納言がイメージする色をふんだんに使って備えた。そのあまりの美しさに、急遽、カラー撮影ということになったのだ。
「ピーターとは自由に仕事ができます。監督の指示を一方的に聞くのでなく、五分五分の関係に立ちますから。とてもカジュアルで柔軟な映画作りです」今回、ワダさんは衣装だけでなくプロダクションデザインも担当した。
「ロケ地、小道具運びからエキストラやスポンサーを集め、史跡の撮影許可を得ることまで、日本の撮影分は何から何までかかわりました」
準備期間は2ヶ月ほどというが、忙しさを苦にするふうはまったくない。「ピタースはタッフもキャストも、有名だから使うわけではないのです。テイストがあわなければ交代もあります」
ワダさん自身も「自分が面白いと思える仕事をしたい」とこだわり続ける。

「ワダエミに衣装」

タナカノリユキ
Noriyuki Tanaka
クリエーティブ、スタッフの集中力は大変なもの

気鋭のアーティストであるタナカさんが、グリーナウェイと初めて会ったのは74年の秋のこと。監督は3つの新しいことを試みたいと語ったという。1ロケでの撮影、2東洋を扱う、3近未来もの。2人は未来の話で盛り上がり、タナカさんは自分のイメージを話した。例えば、街の風景はいまと変わらないが、ビルボード(巨大広告)の情報は違っているなど。
次に会ったとき、監督から具体的な依頼があった。ビルボードをはじめ、自動販売機、ガソリンスタンド、サンドイッチッマンなどの未来形の創造だ。具体的とはいえ、絵コンテが示されるわけでもなく、「言葉で描く詩的なイメージ」だった。これを受けてタナカさんは制作に入る。ビルボードの文字は遺伝子整形、知覚、感覚開発センターのもの、ガソリンスタンドは酸素を売るものなどだ。
「徹夜をしてスケッチを描き上げたり、香港に発つ直前にポスターが出来上がったり、忙しかったですよ」
香港ロケの現場もめまぐるしかった。決まった段取りで進行するというより、アーティストたちがその場でインスタレーションを繰り広げるようで、柔軟性と新鮮さがあった。そんな活気と熱気とスピード感あふれる現場に適応するには、高い創造性が必要とされた。
「監督をはじめ、クリエイティブ.スタッフの集中力は大変なものでしたね」この映画のあと、不思議なものでビデオ.クリップ制作など映像にかかわる仕事が増えたとタナカさんは笑った。

未来のボディーファーニチャー、レッグファーニチャーを描いたポスターと、香港の街を走る車のアートデザイン

アンドレ.プットマン
Andrée Putman
とても美しいこと、不思議なことが起こった

「まるでおとぎ話のようでした」
と、『枕草子』の体験を語るのは、パリインテリア.デザイナーアンドレ.プットマン。香港の渚子のアパートカッフェ.ティポなどをデザインした。何度か監督と会って話を詰めたが、最初から2人の全精神が『枕草子』に注がれたという。
「私が提案したすべてのディテールをピーターが喜んでくれるのを見て、何か美しこと、とても不思議なことが起こり始めていると感じました」
プットマンは台本からインスパイアされてビジュアルアイデアを得、そのアプローチに監督も同意した。
「このストーリーが2015年から2020年の話だと理解したとき、私はもっと自由に、もっと折衷主義を加えようと思い、特に渚子のアパートではタイムレス、つまり時間を超越した感じを与えました」
一見、無機質的でありながら、竹の美しさと優しさが生かされた部屋だ。グリーナウェイ監督のプヮフルな映画にいつも敬服し、会う以前から監督がヒーローの一人だったというプットマンにとって、今回の作品は思い出深いものになったようだ。

直線的な竹のむこうにキッチンを望む渚子の香港のアパート、クラシカルでありながらモダンであり未来的

ユアン.マクレガー
Ewan McGregor
僕の芸術的なヌードをたっぷり楽しんでよ

『トレインスッポティング』で世界的なスターになったユアン.マクレガー
。『枕草子』の出演はそれ以前に行われた。渚子の恋人役だが、監督が言い渡した条件はオールヌードになれるか、女性だけでなく男性との激しい絡み
のシーンがあってもいいか、ヌードはどんなアングルからでもOKかといった厳しい内容だった。監督の映画が大好きだった彼はそれでも応じた。
「とっても寒い早朝のスタジオでスタッフがいるのに全裸にされるんだ『ここにもあそこにも文字を書いてくれ!』なんて監督は言ってくるしね。浮世絵の春画を見ながら『いろいろなポジションを試してごらん』なんていわれてヴィヴィアン.ウーと見よう見まね、暗中模索で頑張ったよ」
「監督の素晴らしさは俳優を信頼しているところだね。カメラ位置の関係で、『右はら左に動いて』なんて言うぐらい。あとは俳優に任せてくれるんだ。とにかく、ユアン.マクレガーの 芸術的なヌードをたっぷり楽しんでみてよ」

渚子の恋人役のユアンは、体に書を書かれた体験を「とても官能的で忘れられそうにない」と語る